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神戸ブント藤本敏夫のうた プロレタリア文学万年少年がたどった軌跡
ISBN 978-4-939042-68-3 C0095
編者 和田 喜太郎
発売 アットワークス/2010年12月発行
体裁 四六判・256頁(口絵8頁・本文248頁)・ハードカバー
定価 本体1,800円+税

プロレタリア文学と出会った万年少年の軌跡

プロレタリア文学と出会った少年が、共産党細胞・山村工作隊・炭坑夫・安保闘争・党除名・神戸ブント結成、そして、脳梗塞後遺症と闘いながら、“あるく・かく・しゃべる”三つのことを、人間として一生懸命に生きた詩と文の軌跡。

目  次

藤本敏夫 回顧

元炭鉱夫の詩文

詩のない詩人・古藤竜介 『季刊 原詩人』8号(78年春季号)
回想・古藤夫妻のこと─埋もれた人びと─ 『神山茂夫研究』5号(78年1月)
李の花 『原詩人通信』29号(84年7月)
鳳仙花 『原詩人通信』30号(86年9月)
漫画の本  『原詩人通信』32号(87年7月)
筑豊の話  『原詩人通信』35号(89年1月)
筑豊と本 『原詩人通信』35号(89年1月)
先 生 『原詩人通信』44号(92年4月)
図 画 『原詩人通信』45号(92年6月)
古 本 『原詩人通信』46号(92年8月)
私の葉山嘉樹 『原詩人通信』47号(92年11月)
再会 『原詩人通信』49号(93年3月)
ふたり 『原詩人通信』51号(93年7月)
わすれられぬ人 『原詩人通信』93号(00年8月)
むくげの花 『原詩人通信』94号(00年10月)
二〇〇一 五月一日メーデー  『原詩人通信』98号(01年6月)
回想 大村優のこと 『原詩人通信』99号(01年8月)
近況 私と病気 『原詩人通信』103号(02年6月)
二〇〇三年二月十一日(私の誕生日)
 『原詩人通信』106号(02年12月)
概 念  『原詩人通信』112号(03年12月)

神戸ブントの遺文

樺美智子虐殺糾弾ビラ (60年6月)
『1960・6・15ワレ友ヲウシナウ』 『どろんこ文学』17号(60年7月)
唐牛健太郎と私 『原詩人通信』29号(84年7月)
抱 負  『原詩人通信』43号(92年2月)
ほうふ 一九九三年 『原詩人通信』48号(93年1月)
報 告  『原詩人通信』53号(93年11月)
わたしと病  『原詩人通信』55号(94年3月)
ある日 『原詩人通信』59号(94年11月)
一九九五・一・一七 ─阪神大震災─  『原詩人通信』61号(95年2月)
六甲大地震─続・一九九五・一・一七─  『原詩人通信』62号(95年5月)
長田マダン─わしらのアリランの歌─  『原詩人通信』63号(95年7月)
手 紙  『原詩人通信』67号(96年3月)
松下昇さんと私  『原詩人通信』69号(96年7月)
ネコに餌をやる〈自由〉  『原詩人通信』71号(96年11月)
ある日 ある月 『原詩人通信』76号(97年9月)
私の「病床六尺」 『原詩人通信』91号(00年4月)
私は?岡崎ひろみ?さんに投票した  『自我通信』2号(90年7月)
私の軌跡のなかで 『自我通信』3号(90年11月)
私と中野重治  『梨の花通信』11号(94年4月)
ブッシュよ イラクの子供を殺すな  『新現代詩』19号(03年 夏)
逝ってしまった高瀬泰司さん─イノチのせんたく─  「追悼集」より( 91年4月)

藤本敏夫への伝文

ある詩集の話─藤本敏夫さんのこと─  加藤 昭治
Oさんへの手紙  川上 昴三
笑顔が忘れられない 追悼・藤本敏夫さん  井之川 巨
藤本敏夫と詩をめぐる人々 和田 喜太郎


藤本敏夫の略年譜(松下昇「藤本敏夫氏の生きてきた軌跡」より)

あとがきにかえて 和田 喜太郎

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 藤本さんの全体像をはじめて知り、その生涯の立派さに、改めて感動しました。名著です。(80歳代)


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